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長男の責任はどこまで?― 親の借金と介護の現実 ―

親の介護
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母の入院から、私の両親の環境は大きく変化しました。

父の認知症は進み、母は歩くこともままならず、入院から5か月経った今も退院できていません。

そして母の入院をきっかけに、私は両親の大きな借金を知ることになりました。

※この記事は、以前書いた
「親の介護と心の距離について考えた記事」の続きです。

▶ 関連記事はこちら 親が80歳を超えました。介護が急に必要になりました。

あのときは、まだ感情を整理しきれていませんでした。
今回は、さらに現実が動いた後の話です。


母の入院で見えた現実

現在、両親の収入は年金とわずかな他収入があります。
しかし、それを上回る返済金額があります。

先日、母が転院することになり、病院への支払いが発生しました。
2か月足らずで約30万円。

返済を抱える中、その30万円はありませんでした。

私は病院側と交渉し、何とか分割払いにしていただきました。

生命保険についても確認しましたが、母は昨年1月に入院日額無制限の保険を解約しており、現在は入院給付を受け取ることができません。

現実は、想像以上に重たいものでした。


年金が入っても残らない現実

私が清算で大変だということを母に伝えると、返ってきた言葉はこうでした。

「年金入ったでしょ!」

年金は2か月分がまとめて入ります。
しかしそこから、父の生活費、母の携帯代、保険料、そして借金返済。

まったく残りません。

不足分は、私と妻が立て替えています。
姉も別の費用を負担してくれています。

家族で支えている状態です。

それでも母は、自分が作った借金に対して悪びれる様子はありません。


介護疲労の中で揺れる心

私はすでに、父の介護で疲労しています。

▶ 関連記事はこちら
【親の介護で初めて知った現実】父のデイサービス前に起きた小さな異変

その中で、母のこの態度。

正直に言えば、

「もう母のために何もしたくない」

そんな気持ちが心に浮かびました。

母は、病院でTVを見るためのTVカード(1枚1000円)を毎日のように求めます。
携帯の解約を勧めても、頑なに拒否します。

私の精神状態が悪化していることも、理解しようとはしません。

すべて自己中心的に感じてしまう発言ばかりです。


子どもの責任はどこまであるのか

私はいま、問い続けています。

子どもの親に対する責任は、どこまであるのでしょうか。

法律上の扶養義務はあります。
しかしそれは無限の犠牲を意味するものではありません。

実際、私の家族は影響を受けています。

子どものために貯めていたお金は、両親の借金返済の一部となりました。

家族を守るために、親を支える。
しかし親を支えることで、今の家族が傷つく。

その境界線はどこにあるのでしょうか。


「責任」と「犠牲」は同じではない

正解は、まだわかりません。

ただ一つ思うのは、

「責任」と「犠牲」は同じではない、ということです。

長男という立場。
家族だからという情。
そして罪悪感。

それらに押しつぶされそうになりながらも、私は考え続けています。

どこまで背負うのか。
どこから守るのか。

もし同じ立場にいる方がいたら、
あなたはどこまで背負っていますか。

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