前回の記事では、母の入院と父の認知症をきっかけに、
家の中で起きていた想定外の出来事について書きました。
▶ 前回の記事はこちら→母の入院と父の認知症。その裏で発覚した「680万円の借金」
転院後の生活。リハビリと母の気持ちの変化
母の転院は、11月初旬でした。
当日は付き添いのため、仕事を休みました。
転院先の病院は、徒歩でも5分ほどの距離にあります。
専用の送迎バスがあり、荷物もすべて病院側で移動してくれるため、家族の負担はほとんどありませんでした。
転院当日の流れと手続き
まずは、前の病院での退院手続きと支払いです。
レンタル品は現金払い、
それ以外は精算機でクレジットカード払いが可能でした。
なお、入院や転院が続く中で、
医療費や保険についても、想像以上に考えることが増えました。
その点については、別記事で詳しくまとめています。→【親の介護で初めて知った現実】母の入院と医療費、そして保険が足りなかった話
その後、転院先に到着し、入院手続きと担当看護師さんから今後の治療方針についての説明。
午前中から始まり、お昼過ぎには一通り終わる内容でした。
リハビリ中心の病院で始まった生活
転院先の病院では、治療の中心はリハビリになります。
内容は、
・立つ
・つかまり歩き
・歩行
まるで赤ちゃんが成長していく過程のようなリハビリです。
当時の母は、
・自分で立てない
・起き上がれない
という状態でした。
この時点で11月。
母は「年末には自宅に帰りたい」という希望を持っていました。
目標を失った母の気持ち
少し話をさかのぼります。
9月3日の入院時、
母は10月後半に予定されていた区民ホールでのコーラスコンサートに出たい、
その一心で治そうと頑張っていたように思います。
しかし、病状は一向によくならず、
立てない自分に対して、どこか嫌気がさしているようにも見えました。
結局、コンサートには出られず、
次の目標が「12月中に自宅に帰ること」に変わったのだと思います。
少しずつ見えた回復と、再び突きつけられた現実
11月に転院し、
11月下旬には、手伝ってもらえば立てるようになっていました。
ただ、この時期も腰の痛みは強く残っていました。
原因は、
腰の骨が溶けて穴が空いた状態でした。
医師からは、その部分を埋める手術の提案がありました。
内容は、
・再度の転院(元の病院へ)
・全身麻酔
・手術は12月末予定
というもの。
この説明を聞いた母は、
かなり落ち込んでいたように感じます。
食べられなくなった母と、家族の対応
12月初旬頃から、
母は病院食をほとんど食べなくなりました。
理由は、「おいしくない」。
みるみる体重が落ち、
10キロ以上、急激に痩せてしまいました。
当然、この状態ではリハビリにも良くありません。
病院からは、
「何でもいいので、食べられそうなものを持ってきてください」
と家族に言われました。
「お寿司が食べたい」
母に何が食べたいかを聞くと、
返ってきた答えは「お寿司」。
大好物ですが、
病院では生ものはNGです。
看護師さんや医師と相談し、
稲荷寿司やかんぴょう巻であればOKとのことで、持っていきました。
すると、
驚くほどパクパク食べるのです。
正直、
「さっきまで食べられないと言っていたのに…」
と思う反面、
食べることの大切さを強く感じました。
手術前の転院まで続いた日々
こうした状態が続いたまま、
手術前の再転院を迎えることになります。
回復と後退を繰り返しながら、
母の入院生活は続いていきました。
今回の転院で感じたこと(家族側の気づき)【追加部分】
今回の転院を通して感じたのは、
治療やリハビリ以上に「気持ち」が大きく影響するということでした。
目標がある時、
母は驚くほど前向きでした。
一方で、
先が見えなくなった時、
食事やリハビリへの意欲は一気に落ちてしまいました。
「病院に任せておけば大丈夫」ではなく、
家族ができる関わり方も、回復の一部なのだと思います。


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