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親が80歳を超えました。介護が急に必要になりました。

親の介護

共働きで小学生2人の子育てをしているKENZOです。

2025年後半から、わが家の環境は一気に変わりました。
この先は、出来事を記録として、報告形式で残していこうと思います。

誰かの役に立つかもしれないし、
何より、あとから自分自身が振り返るためでもあります。


二世帯暮らしの始まりと、親の高齢化

子どもが誕生した約10年前をきっかけに、私の実家で二世帯暮らしを始めました。

生活は完全に別。
親は親、私たちは私たち。
距離感としては、ちょうどいい形だったと思います。

2025年、父は80歳、母は79歳になりました。


母の新型コロナ感染と、異変

2025年9月、母が新型コロナに感染しました。

頑なに病院へ行こうとしなかったのですが、3日後、
意識が朦朧とし、トイレに入ったまま立ち上がれなくなる事態に。

呼びかけへの返事は曖昧。
鍵を開けて中に入ると、座ったまま動けずにいました。

本人は「そのままでいい」と言うので、
しばらく様子を見ることにしました。


119番通報までの4時間

しかし、

1時間経っても、
2時間経っても、
状況は変わりません。

目はうつろで、
「救急車を呼ぶ」と言っても「大丈夫」を繰り返します。

さすがに4時間を超えた頃、
私が強制的に119番通報をしました。


救急搬送、そして医師からの言葉

ほどなく救急隊の方々が到着しました。

トイレという狭い空間から外へ出すのもひと苦労。
そのまま救急車で病院へ搬送されました。

救急車内では名前は言えるものの、
誕生日などは答えられない状態。

病院に到着すると、新型コロナ感染ということで隔離されました。

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検査と処置が続いた後、医師に呼ばれました。

「敗血症を発症しています。
今夜を越えられるか分かりません。
この書類を確認して署名をお願いします。」

頭が真っ白になりましたが、
「できることはすべてしてほしい」とお願いしました。


一命は取り留めた母

それから3時間ほど病院で待ちました。

処置室から、ベッドに横たわったまま母が出てきました。
意識はまだ曖昧でしたが、そのまま入院となり、私は帰宅しました。

翌日、私は仕事を休めず出勤していましたが、
病院からの呼び出しで再び向かいました。

病状と、今後の治療方針についての説明。

結果として、
母はなんとか一命を取り留めました。


その夜、父に起きた変化

母が救急搬送された、その夜。

認知症を発症していた父に、
これまで見たことのない変化が起きました。


父の認知症と、急激な変化

父は数年前から軽度の認知症を発症していました。

アルツハイマー型とレビー小体型の併用という、
少し珍しいタイプだそうです。

その父が、深夜に突然外へ出ようとしました。

これまで徘徊などは一度もありませんでしたが、
母の入院をきっかけに、一気に認知機能が低下したように感じました。

おそらく、
母の存在が父の精神的な支えだったのだと思います。


ここから始まった現実

こうして、

・母の入院治療
・父の認知症との付き合い

この2つが、同時に始まりました。

共働きで、子育てをしながら、
これまでとは全く違う日常に足を踏み入れることになります。

この続きも、記録として残していこうと思います。

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