母の退院が近づいてきました。
予定は4月15日。
そのため、私は母の入院費用を賄うために、3月25日から外部の仕事を始めました。
このタイミングで、家の中の役割がひとつ変わりました。
👉 父に、自分の食事を自分で準備してもらうこと
これが、今回の出来事の始まりでした。
「できているようで、できていない」現実
父は認知機能の低下がありますが、
本人にはその自覚がほとんどありません。
そして今日(水曜日)はデイサービスの日。
いつもは私が朝に連絡帳へサインとコメントを書いていましたが、
この日は早朝に家を出たため、妻にお願いしました。
その後、妻から聞いた朝の様子はこうでした。
・サインは自分で書いていた
・朝6時には食事を終えていた
・8時45分迎えなのに、7時45分には外で待っていた
👉「迎えが来ない」と言っていたそうです
環境が変わると、一気に崩れる
この出来事で改めて感じたのは、
👉 環境の変化が、認知機能に大きく影響する
ということです。
今までやっていなかったことを「やらなければいけない状況」になると、
本人の中で時間の感覚や段取りが崩れてしまう。
「自分でやろう」という気持ちはある。
でも、実際にはうまくできない。
このズレが、日常の中で少しずつ表れてきます。
「大丈夫」という言葉の危うさ
数日前、父からこんな話がありました。
👉 昔の仲間とのお花見に誘われた
場所は、バス・電車・乗り換えを含めて約30分。
私は正直、難しいと感じていました。
ですが父は、
👉「大丈夫だ、いける」
と強く言い切りました。
妻が付き添う提案もありましたが、
それはそれで負担が大きい。
悩んだ結果、私は仕事を休む決断をしました。
「予想通り」では済まされない現実
当日は集合場所まで車で送り、
帰りは連絡をもらうようにしました。
しかし2時間後、知らない番号から電話がきました。
👉「お父さんが立ち上がれません。迎えに来れますか?」
急いで家族全員で向かいました。
状況はこうでした。
・お酒を3杯飲んでいた
・地面に座って飲んでいた
・足が痛くなり少し歩いた
・戻ってきて箱に座ろうとして転倒
・そのまま立ち上がれなくなった
「立ち上がれない」という現実
介護をしていて、強く感じることがあります。
👉 高齢者が一度地面に倒れると、立ち上がるのは本当に大変
周囲の人も、どうしていいかわからなかったのだと思います。
私たちが到着したとき、
父は完全に動けない状態でした。
反省はする。でも、忘れてしまう
帰り際、父はこう言いました。
👉「言うことを聞けばよかった」
実は、同じようなことは今回が初めてではありません。
以前も友人と飲みに行き、
立ち上がれなくなったことがあります。
その時も反省していました。
でも——
👉 また同じことが起きる
これは「性格」ではなく、
「記憶として残らない」ことなのだと思います。
家族としてどう向き合うべきか
今の父は、
・体力は落ちている
・判断力も落ちている
・でも「自分はできる」と思っている
この状態です。
そして、
👉 環境が変わると一気に崩れる
家族として難しいのはここです。
・どこまで任せるのか
・どこから制限するのか
・本人の気持ちをどう守るのか
正解はまだ見えていません。
まとめ|「できる」をどう支えるか
認知機能が低下していても、
本人の中では「今まで通り」の感覚が残っています。
だからこそ、
👉「できる」と思っている
でも現実は違う。
このズレに、家族は毎日向き合うことになります。
無理をさせすぎてもいけない。
でも、全部を奪うのも違う。
そのバランスを探し続けることが、
今の私たちの課題です。

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